体験に耳を傾ける

スタッフの声

ある日の朝、 Aさんが来られ、私の顔をみるなり「せんせ~い。」と腕をつかみ、涙を流した。
「まあ~た、あたいがとこに入ってきて、衣装をおっ盗っていったと。」「まあ~こてえ、ないごて、あたいがとこばっかい、入ってくったろかい。」などと話された。
一般的に、このような症状を<物盗られ妄想>と言い、その対応として、間違いを指摘すると興奮し、状態はひどくなるので、別の話題に変えると興奮が治まりやすい。また、 「盗られた」という言葉は使わずに、「なくなった」と言い換え、同調する。その他、話をする機会を増やす。医療機関に相談するなどが介護の本には紹介されている。しかし多くの場合は、そのような対応をしても状況は変わらず、介護者は、その繰り返される言動に対応の限界を感じてしまう。

よかよかんは、<援助の実践~苦しみを和らげ軽くしなくすること””‘>を理念に掲げている。
そこでは、症状ではなく、<相手の体験>に介護者の意識を向ける(転じる)ことが大切である。しかし、多くの介護現場では、物盗られ妄想の症状に介護者は意識を向けてしまい、どうしたのか、なにがあったのかと問題の原因を追究することになる。
しかし、状況は変わらず、対応できない介護者の苦しみは、ますます現場にあふれでいく。
このような場合、 Aさんの体験(盗られた)を変える【キュア】ではなく、 Aさんの体験が変わることを支える【ケア]に、介護者の意識を変える必要がある。つまり、介護者の意識を変える→介護者の感情が変わる→介護者の行動が変わるという流れである。その介護者の行動形態の変容がAさんに援助者として現われ、援助の関係に入っていく。

よかよかんの新人職員研修の当初は、テーブルの椅子に座り、利用者の話を聴くことが中心である。
新人職員は、仕事を覚えたい、利用者のお世話をしたいと椅子に座っていることに苛立ち、そして、何もできない自分の無意味、無価値に苦しむ。しかし、その研修を重ねていくと、今まで職員として何かをしなければと<業務>を意識した態度から、何をしていいか分からない、どうしていいか分からないという利用者の体験(苦しみ)世界に意識が向くようになる。そして、必然に、傾聴のスキルとしての援助的コミュニケーションが必要であることに気づきはじめる。

物盗られ妄想、のある人として見られ、扱われているAさんの体験はどうか。誰も聴いてくれない、分かつてもらえない、どうしていいかわからないという体験はどうか。気持ちが落ち込み、考えが乱れ、そして生きる意味や価値を失う。これが、 Aさんの<孤独>の苦しみであろう。Aさんが、「あたいが・・・。」という体験を語るとき、 Aさんにとっての真実の世界を必死に語っているに違いない。そのAさんの真実世界に意識を向け、その語りを聴き、 Aさんが語るとき、物盗られ妄想という<症状>ではなく、聴いてもらった、分かつてもらったという<体験>が、 Aさんの孤独の苦しみを和らげていく。

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小さなお子様のいる、子育て中の女性スタッフも在籍しておりますので、連絡さえしっかりとしていただければ、急な病気(お子様の病気)やPTA等にも対応しております。

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